障がい者のオリンピック「スペシャルオリンピックス」ってなに?パラリンピックとはどう違うの?

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今年の夏、ブラジルのリオで8月にオリンピック、9月にはパラリンピックの夏季大会が開催されたことは記憶に新しいですよね。

このふたつの大きな大会とは別に、「スペシャルオリンピックス」という世界的なスポーツの大会があることはご存じですか?

もう一つのオリンピック「スペシャルオリンピックス」についてご紹介しちゃいましょう。




スペシャルオリンピックスの歴史

スペシャルオリンピックスは1962年、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの妹であるユニス・ケネディ・シュライバーが自宅の庭で始めた知的障がい者のデイキャンプが発端と言われています。

ジョン・F・ケネディの妹でユニス・ケネディ・シュライバーの姉に当たるローズマリーは、軽い知的障がいと行動障がいあり、23才の頃に当時の精神疾患の治療として注目されていたロボトミー手術を受けたため、後遺症から精神退行を起こして、政界で活躍する父親や男兄弟からから顧みられないという不遇の生涯を送っています。

この時、ローズマリーを頻繁に見舞っていたのがローズマリーの母ローズと妹のユニスであり、ローズマリーの存在が、のちにユニスがスペシャルオリンピックスを立ち上げるきっかけになったとされています。

その後、スペシャル・オリンピックスはジョセフ・P・ケネディJr.財団により、知的障がい者の自立と社会参加を目的とし、日常的なスポーツプログラムと成果の発表の場としての競技会を行う組織として、活動を全米に広げました。

第1回の国際大会は1968年アメリカのシカゴで開催されています。

スペシャルオリンピックス委員会(SOC)は、本家である国際オリンピック委員会(IOC)とは何の関係もありませんが、オリンピックという名称を使う議定書は1988年に交わしており、国際オリンピック委員会からも正式に認められている国際的な組織です。

日本のスペシャルオリンピックスの歴史

日本では1980年に神奈川県でジャパンスペシャルオリンピック委員会(JSOC)が設立されました。

1983年には第6回夏季国際大会に参加も果たしたJSOCでしたが、1992年には解散しています。

その後1993年、新たに熊本で設立されたのが現在のスペシャルオリンピックス日本(SON)で当時の理事長は元総理大臣細川護煕氏夫人の細川佳代子さん、そして、現在は元マラソンのオリンピック出場選手として有名な有森裕子さんが、その意志を継いでいます。

SONは2002年に特定非営利活動法人(NPO法人)、2006年には認定特定非営利活動法人として認定を受けています。

2012年からは、公益財団法人として活動、所轄官庁は2014年厚生労働省から文部科学省へ移管されています。

スペシャルオリンピックスの活動

スペシャルオリンピックスは知的障がい者のスポーツ組織です。

オリンピックやパラリンピックとの違いは、アスリートが目指す4年に一度のスポーツの祭典を指すものでは無く、知的障がいのある幅広い年齢層の人に、日常的にスポーツを楽しむ機会とスポーツそのものの楽しさを提供し、QOL(Quality of Life『生活の質』)を上げる支援をすることがその趣旨だというところです。

ですから、4年に一度の世界大会があり、もちろんそれを目指しはしますが、その大会そのものでは無く、毎日、週や月に数度のスポーツプログラムがスペシャルオリンピックスの中核をなす活動です。

スペシャルオリンピックスがオリンピック“ス”と複数形なのは、スペシャルオリンピックスが4年に一度の大会を指すのでは無く、日々の練習のプログラムを指し、それは常に世界中で行われているという意味が含まれているからです。

また、地域毎・全国・世界で組織が行う競技会では、各々の力に合わせて細かく組み分けされ(ディビジョニング)、その中で同じ力同士のアスリートが競技を行い競い合います。

表彰台には参加者全員が上がり、金・銀・銅以外の選手もリボンなどの表彰を受けます。

トップアスリートを決める競技会ではないということも、オリンピック・パラリンピックとの大きな違いです。




知的障がい者を取り巻く現状

身体障がい者スポーツは、当事者が意識を持って自ら参画してスポーツ団体を積極的に作っています。

しかし、知的障がい者はスポーツのルールを覚えるのにも、支援を必要とすることが少なくありません。

そのため、スポーツそのものの楽しみ方が分からなかったり、楽しむことはできても、その障害のために自分から意思や考えを伝えることができなかったりして、支援なしには自分から積極的にスポーツを継続したり、団体を作って推進したりする事が大変難しい状態にあります。

日常生活での生きていく楽しみ自体も、自力で見つけることが難しい人たちもいます。

このような状況の中で、知的障がい者スポーツは、国の施策的にも置き去りにされていた経緯があります。

また、パラリンピックでは障がい者スポーツと言うことで、一部の競技では知的障がいクラスも門戸を開けていますが、過去には知的障がいの不正申請があり、健常者が知的障害者と偽りメダルを獲得したために、その後知的障がいクラス自体がなくなり知的障がい者が参加できなくなった競技もあります。

知的障がいを偽り悪用する健常者がいる一方で、知的障がいを伴う人の間では身体能力は多岐にわたり、健常者と変わらない人から合併症等があり身体障がいを併せ持つ人、また、身体能力は健常者並みであっても、スポーツの優劣を競う事への闘争心を持ち合わせない人もいます。

だからといって、それらの人がみんなスポーツを楽しめないのかと言えば、それは違います。

ルールを教え、分からない部分を支援者が補えば、スポーツをする楽しさが生活を輝かせる人は多くいます。

スペシャルオリンピックス創始者のユニス・ケネディ・シュライバーは、知的障がい者はスポーツができないのではなく、スポーツをする機会を与えられなかったのだと位置づけていて、これは得てして知的障がい者の取り巻く状況を、的確に言い表しているといえるでしょう。

知的障がい者のスポーツを楽しむあり方として、オリンピックやパラリンピックのように、優劣を競い頂点に立つことを目標にストイックに己を磨き上げる方向もあるでしょうが、勝つことに目標を置かず、スポーツをする楽しみを見いだし、みなで励まし合い、ともに喜び合うという場を作り出したスペシャルオリンピックスの功績は、知的障がい者の生活レベル向上において、非常に高いと評価されています。

スポーツに打ち込み、一時の時間であっても全身全霊を打ち込んだアスリートにとってみれば、知的障がい者のなかよしスポーツ大会は、もしかしたらゆるい生ぬるいお遊びに見えるかも知れません。

が、スポーツを楽しむ方法も知らず、誰にも教えられず、生活を楽しむ術を知らなかった状況が知的障がい者には長くありました。

今でも、多くの知的障がい者たちは、普通の人が趣味に楽しむ生活の中の余暇時間を、なにもせずただ過ぎるのを待つだけの不毛なものに費やしています。

その中で、このようなスペシャルオリンピックスという活動は非常に貴重であり、また、知的障がい者にとっては必要な団体だと言えるでしょう。

スペシャルオリンピックスの構成

スペシャルオリンピックスは「アスリート」「ファミリー」「ボランティア」から成り立っています。

アスリートは支援をされるだけではなく、アスリート自身がイベントを企画・運営する機会が設けられています。

ファミリーは支援を受けるだけでなく、自分たちも支援者の一員として、運営・ボランティアとしても深く関わっています。

ボランティアは各スポーツの指導コーチ・練習パートナー・運営補助などを、各々の得意な分野での支援をしています。

スペシャルオリンピックスはアメリカ・ワシントンDC国際本部が有り、世界175カ国が参加しています。

スペシャルオリンピックス日本(SON)はこのパシフィックアジア支部に属します。

SONの支部は都道府県毎にあり(一部支部のない県も)、地区競技会・全国競技会を開催、世界大会にアスリートを輩出しています。

競技は夏季プログラムで21競技、冬季プログラムに7競技の全28競技。

夏季と冬季の世界大会は2年ごとに交互に行われます。

日本では2005年の第8回冬季大会が長野で行われ、85カ国・地域のアスリートが参加しました。

日本国内をつなぐトーチランも行われていたので、この時にスペシャルオリンピックスの名前を初めて聞いた人も多いのではないでしょうか。

次の国際大会開催は?

次は冬季世界大会が2017年オーストリアのシュラートミンクで予定されています。

また、その次の夏季世界大会は2019年韓国のテグでの開催が決定しているそうです。

日本は2023年に東京での開催を目指して活動をしているそうですよ。

日本では認知度がイマイチですが、アメリカでは本家のオリンピックやパラリンピックと同等なほどに知名度のあるスペシャルオリンピックス。

日本で国際大会が行われる頃には、知名度とその理念が、もっと世間に浸透していて欲しいなと切に願います。




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